あの場面は、今でも鮮やかによみがえってきます。忘れもしない、三十数年前の同業者の懇親会の席の事です。
日本で羽毛布団が普及し始めたばかりの頃の事です。地域の先輩寝具店社長が、羽毛布団の売り方について、私に説教を始めました。
「お前は羽毛布団の中綿比較について、熱心にお客に説いているが、目隠しテストをして、100%見分けがつくと言い切れるか?」
もちろん、目隠しでは、生地の素材とふっくら感とドレープ感がわかるだけで、メーカー表示を見ないと正しい判断ができるはずはありません。
「それ見てみろ。何もわからない消費者は、目隠しをしたお前と同じだ。判断ができない消費者に、なんでまともな中身の羽毛布団を売らなきゃいけないんだ。お前はバカか?」
返す言葉が見つからず、ショックでした。その寝具店は、今やテレビ宣伝に知名度のある女優を登場させるほどの、日本でも指折りの超大型寝具店に成長しています。
別の西川チェーン店をしていた、大先輩が、
「君の店は○○メーカーの羽毛布団は扱わないのか?あそこと取引しないと、儲からないぞ!仕入れが安くて、言う通りの表示にしてくれる。同じスペックの同じ柄の品が、入荷日によって嵩に差があったりして、何が入ってるかわからないけど、そんなこと気にしてたら儲からんからなぁ。」と、高笑い。
酒が進み、宴たけなわに盛り上がったころ、酔っぱらった長老社長が寄ってきて、私の胸倉つかんで、
「お前が中身の説明をあまりするから、お客から質問をされた他のふとん店が迷惑をしてるぞ。布団を売るときには、広げて『どうです。綺麗な柄でしょう?触って気持ちいいですよ!』だけで十分だ。」
と、振り回されました。
製鉄所研究員から父の寝具店に転身したばかりの私には、異次元に迷い込んだような、喪失感を感じたことが忘れられません。
そのことが端緒となって、目隠し状態のお客様に、どうやったら一番分かり易いのかと、乗用車に例えたところとても理解されやすくなった事が、中身説明に拍車をかけるきっかけとなったのです。